
会計事務所業界に静かな地殻変動が起きています。「このままでは、うちの事務所は持たないかもしれない」——そんな不安を抱える所長税理士が増えている背景には、人材難と技術革新という二つの大きな波があります。
令和7年度(2025年度)の税理士試験では、5科目すべてに合格した「官報合格者」がわずか578人という結果が発表されました。この数字は前年度の600人からさらに減少しており、税理士業界の人材供給が細る一方であることを示しています。一方で、税理士の平均年齢は60歳を超え、60歳以上が全体の53.6%を占めるという高齢化も進行しています(日本税理士会連合会 第7回実態調査)。
こうした状況下で、業界関係者の間では「顧問先100件」が一つの分岐点として語られるようになりました。しかし、この数字が持つ意味は単なる規模の問題ではありません。むしろ、ビジネスモデルそのものを転換できるかどうかが、真の生き残りを左右する時代に入っているのです。
会計事務所業界を取り巻く構造的な課題

深刻化する人材不足の実態

税理士試験の受験者数は長期的な減少傾向にあります。令和6年度の受験者数は34,757人で、このうち何らかの科目に合格したのは5,762人でした。注目すべきは、5科目すべてに合格した人数です。578人という数字は、税理士資格を完全に取得できる人材が年間600人程度しか生まれていないという現実を物語っています(国税庁 令和6年度税理士試験結果)。

一方で、税理士登録者数は2025年12月末時点で82,276人と、わずかながら増加を続けています。これは税務署OBによる登録が一定数あることが要因ですが、この層も定年延長の影響で今後は減少に転じると予測されています。
若手が敬遠する「3K職場」のイメージ
人材難の背景には、会計事務所が「きつい・給料が安い・厳しい」という3K職場として認識されている現実があります。
繁忙期(1月〜5月)には朝9時から夜21時までの勤務が常態化し、月の残業時間が80時間を超える事務所も珍しくありません。若手にとって「プライベートの時間が取れない」ことは、大きな離職要因となっています。
給与面でも課題があります。会計事務所の未経験者の初任給は25万円前後が相場で、年収にすると300万円〜350万円程度です。税理士試験の科目合格者であれば30万円以上(年収400万円程度)になりますが、それでも一般企業の大卒初任給平均(21万6,600円)と比較して、決して高水準とは言えません(MS-Japan 会計事務所の給与調査)。
こうした労働環境が SNS や口コミサイトを通じて広く知られるようになり、就職活動中の学生は「会計事務所=ブラック」というイメージを持ちやすくなっています。結果として、人材が集まらない→既存スタッフの負担増→さらに離職が進むという悪循環に陥っている事務所が増えているのです。
なぜ「100件」が分岐点なのか

収益構造から見る損益分岐点
会計事務所の主な収益源は顧問料収入です。中小企業向けの月額顧問料は2万円〜5万円程度で、年間決算料を含めると1顧問先あたり年間40万円〜70万円の収入が見込めます。ここでは平均的な顧問料として1顧問先あたり年間50万円と仮定して試算してみましょう。
顧問先50件の事務所であれば年間収入は2,500万円、100件であれば5,000万円、150件であれば7,500万円となります。
一方で、事務所を運営するための人件費を考えると、顧問先100件の事務所であれば所長を含めて5名程度の体制が標準的です。人件費の内訳を見てみると、所長税理士が年間800万円、ベテランスタッフ2名で各500万円(計1,000万円)、中堅スタッフが400万円、新人スタッフが300万円で、人件費合計は2,500万円となります。
これに事務所賃料(年間240万円)、システム・ソフトウェア費(年間120万円)、その他経費(年間140万円)を加えると、固定費は年間500万円となり、総コストは3,000万円に達します。
単純計算では総コスト3,000万円 ÷ 1顧問先あたり50万円 = 60件が損益分岐点となります。しかし、実際には経営の安定性、将来投資、急な顧客離脱リスクを考慮すると、最低でも80〜100件程度の顧問先がなければ持続的な経営は困難です。

人件費高騰が及ぼす影響
ここで深刻な問題が浮上します。若手人材を確保するために、初任給を一般企業並みの月27万円(年収約400万円)に引き上げた場合を想定してみましょう。
既存社員とのバランスを取るため、ベテランスタッフも各550万円(計1,100万円)、中堅スタッフも450万円に昇給させると、人件費合計は2,750万円に跳ね上がります。固定費500万円を加えると、総コストは3,250万円となり、新しい損益分岐点は65件に上昇します。
「それなら顧問料を値上げすればいい」と考えるかもしれませんが、現実はそう単純ではありません。顧問料を10%値上げ(月2.5万円→2.75万円)しようとすれば、価格に敏感な顧客は他の事務所に流れる可能性があります。特に記帳代行が中心の付加価値の低いサービスしか提供できていない場合、値上げは顧客離脱のリスクと隣り合わせです。
顧問先100件で10%値上げすれば年間収入は500万円増加しますが、仮に10件が離脱すれば500万円の減収となり、差し引きはゼロです。このジレンマが、多くの中小規模事務所を苦しめています。
淘汰される事務所の3つの特徴

顧問先100件を超えていても、以下の特徴を持つ事務所は今後厳しい状況に直面するでしょう。
労働集約型ビジネスモデルからの脱却ができない
「人海戦術で何とかする」という昭和型の経営スタイルを続けている事務所は、人件費高騰と人手不足のダブルパンチで立ち行かなくなります。記帳代行業務に多くの時間を費やし、スタッフ1人あたりの生産性が低く、繁忙期の残業が常態化し、新人教育に時間がかかり戦力化まで半年〜1年を要する——このモデルでは、顧問先が増えるほど人員が必要になり、利益率は一向に向上しません。
デジタル化・自動化への投資を怠っている
「会計ソフトは昔から使っているもので十分」「クラウド化は必要ない」と考えている事務所は、業務効率で大きく後れを取っています。紙の証憑書類をファイリングして保管し、手入力による仕訳作業が中心で、複数の会計ソフトを顧問先ごとに使い分け、データ共有が非効率で事務所内の連携が悪い——テクノロジーの進化は待ってくれません。自動化に投資しない事務所は、生産性で大きな差をつけられることになります。
付加価値の低い記帳代行中心の業務構造
記帳代行業務は、今後ますます自動化・コモディティ化が進みます。AIによる仕訳自動生成、OCR技術による証憑読み取りなど、テクノロジーが人間の手作業を代替する流れは不可逆的です。
記帳代行に依存した事務所は、顧問料の値上げが難しく(差別化できない)、クライアント企業が自社で会計処理を行うようになると契約解除となり、付加価値の高い業務(経営助言、財務戦略)にシフトできず、若手スタッフが「単純作業ばかり」と感じて離職するというリスクに直面します。記帳代行に依存したビジネスモデルは、遅かれ早かれ限界を迎えるのです。
生き残る事務所の3つの条件

では、どのような事務所が生き残り、成長できるのでしょうか。答えは明確です。
条件1:業務自動化による生産性向上
生き残る事務所は、業務の自動化に積極的に投資しています。その中核となるのが銀行データの自動取り込みです。
現在、日本のキャッシュレス決済比率は36.0%(2022年)に達しており、企業の決済手段も徐々に電子化が進んでいます(経済産業省 キャッシュレス将来像の検討会)。これは、銀行のCSVデータを取り込めば、取引の一定割合を自動で仕訳化できることを意味します。

従来の手入力作業では、通帳や取引明細を見ながら1件ずつ手入力し、1件あたり30秒〜1分かかるため、月間500件の仕訳なら4〜8時間を要していました。しかし、CSVデータ取り込みを活用すれば、銀行データをインポートするだけで日付・金額・摘要が自動反映され、初回のみ勘定科目を選択すれば、所要時間は30分〜1時間に短縮されます。作業時間を80〜90%削減できるのです。
さらに進んだシステムでは、AIの学習機能により、過去の仕訳パターンを学習し、2回目以降は勘定科目まで自動判定してくれます。初回は摘要「○○株式会社」に対して手動で「広告宣伝費」を選択しますが、2回目以降は同じ摘要が出てきたら自動で「広告宣伝費」を提案してくれるため、使えば使うほど自動化率が向上し、2〜3ヶ月で80%以上の仕訳が自動化されます。
こうした自動化により、記帳代行に従来10名のスタッフを配置していた事務所では、チェック・例外処理のみを担当する1名に削減でき、年間約4,000万円ものコスト削減を実現した事例もあります。
会計事務所に特化した業務効率化を実現するツールとして、サクラス財務クラウドのような、会計事務所の実務フローに即した設計のシステムが注目されています。複数顧問先の一元管理や銀行データの学習機能による自動仕訳など、実務者の声を反映した機能が業務効率化に貢献しています。
条件2:付加価値業務への転換
自動化で生まれた時間を何に使うか——ここが勝負の分かれ目です。
生き残る事務所は、記帳代行という「作業」から、経営助言という「コンサルティング」へとビジネスモデルを転換しています。月次決算書の分析と経営助言、キャッシュフロー改善提案、資金繰り支援、事業承継・M&Aアドバイス、補助金・助成金の活用支援、経営計画の策定支援——これらの付加価値の高い業務は、AIに代替されにくく、顧客からの信頼と高い報酬を得られます。
単に数字を報告するだけでなく、「この数字が何を意味するのか」「次にどう行動すべきか」を顧客に伝えることで、顧問料の値上げにも応じてもらいやすくなります。付加価値業務にシフトした事務所では、1顧問先あたりの月額顧問料を3万円→5万円、5万円→8万円と段階的に引き上げることに成功しています。
従来は100件 × 年間50万円 = 5,000万円だった年間収入が、改善後は100件 × 年間80万円 = 8,000万円となり、3,000万円の増収を実現できます。この増収分を人材への投資に回せば、優秀なスタッフを確保し、さらなるサービス向上につながる好循環が生まれます。
条件3:適正な業務量と給与水準の両立

生き残る事務所は、「働きやすさ」と「給与水準」の両立を実現しています。
記帳代行の自動化により、スタッフは単純作業から解放され、より専門性の高い業務に集中できるようになります。入社1年目は記帳代行のチェック業務(自動化されているため負担は軽い)、2年目は月次決算書の作成と基礎的な分析、3年目は顧客への経営助言と決算業務の主担当、5年目は資金繰り支援や事業承継案件への関与——このようなキャリアパスを示すことで、若手のモチベーションも高まります。
自動化により残業時間が大幅に減少し、繁忙期でも月50時間以内に抑えられるようになった事務所が増えています。同時に、コスト削減で生まれた原資を給与に還元することで、一般企業並みの給与水準を実現できます。新人は月給27万円(年収約400万円)、3年目は月給32万円(年収約480万円)、5年目は月給38万円(年収約570万円)という理想的な給与体系を構築できれば、若手が求める「ワークライフバランス」「成長できる環境」「適正な給与」「人間関係の良さ」「最新テクノロジーの活用」といった職場環境が整い、自然と優秀な人材が集まるようになります。
自動化で変わる会計事務所の未来

キャッシュレス決済の普及は着実に進んでおり、企業間取引のデジタル化も徐々に進展しています。この変化は、会計事務所にとって大きなチャンスです。なぜなら、電子取引はすべてデータとして記録され、自動化しやすいからです。
銀行データ自動取り込みによる入力作業の削減は、すでに多くの事務所で実現されています。CSVデータのインポート機能を活用すれば、取引データを会計システムに取り込むだけで、日付・金額・摘要が自動で仕訳に反映され、勘定科目の候補が自動表示され(学習機能)、確認ボタンを押すだけで仕訳が完了します。この仕組みにより、新人スタッフでも短期間で戦力化できるようになります。
請求書や領収書を読み取るOCR(光学文字認識)技術も急速に進化しています。現在でも精度70〜80%のOCRシステムがありますが、3〜5年後には人間によるチェックが不要になるレベルに達すると予測されています。手書き文字の認識率が低く人間の補正が必要だった現在から、手書きでも90%以上認識できるようになり例外処理のみ人間が対応する3年後、そしてほぼ100%自動化されチェック業務すら不要になる5年後——この流れを見据えれば、記帳代行業務に依存したビジネスモデルが持続不可能であることは明白です。
自動化を実現するには、システムの導入が不可欠です。しかし、複雑で使いにくいシステムでは、導入しても活用されず、結局は従来の手作業に戻ってしまいます。システム選定のポイントは、直感的な操作性(マニュアルを見なくても使える)、会計事務所の実務フローに特化した設計、複数顧問先を一元管理できる機能、学習機能による自動化率の向上、処理速度の速さ(ストレスフリーな連続作業)です。
会計事務所向けの業務効率化については、全国会計事務所博覧会のセミナー動画などでも具体的な事例が紹介されています。
今すぐ始めるべき3つのアクション

ここまで読んで、「確かに自動化は必要だ」と感じた方も多いでしょう。しかし、「何から始めればいいのか分からない」という声もよく聞きます。今すぐ取り組むべき具体的なアクションを3つご紹介します。
アクション1:現状の業務フローを可視化する
まずは、事務所の業務がどのように回っているのかを「見える化」しましょう。スタッフ全員の1日のタイムスケジュールを1週間記録し、どの業務にどれだけ時間がかかっているかを集計し、ボトルネックになっている業務を特定します。
この可視化により、記帳代行に全体の40%の時間を使っている、顧問先との連絡調整に想定以上の時間がかかっている、資料の検索や整理に無駄な時間が発生している——といった課題が見えてくるため、「どこを改善すべきか」の優先順位が明確になります。
アクション2:自動化可能な業務を洗い出す
次に、現状の業務の中で「自動化できるもの」をリストアップします。銀行取引の仕訳入力はCSVデータ取り込みで自動化でき、クレジットカード明細の入力も同様です。請求書・領収書のデータ入力はOCR技術で自動化でき、月次レポートの作成はテンプレート化で効率化でき、顧問先への定型連絡はメール自動送信で効率化できます。
自動化の優先順位は、最も時間がかかっている業務、単純作業で人間の判断が不要な業務、ミスが発生しやすい業務の順に進めていきます。
アクション3:段階的なシステム導入計画を立てる
いきなり全業務を自動化しようとすると、混乱が生じます。段階的な導入計画を立てることが成功の鍵です。
第1フェーズ(1〜3ヶ月)では、会計システムの選定と契約を行い、一部の顧問先(5〜10件)で試験運用を開始し、スタッフへの操作研修を実施します。第2フェーズ(4〜6ヶ月)では、対象顧問先を50件に拡大し、自動化率の検証とシステムの調整を行い、業務フローの見直しを進めます。第3フェーズ(7〜12ヶ月)では、全顧問先への展開を完了し、記帳代行業務を大幅に削減し、余剰人員を付加価値業務にシフトさせます。
導入時の注意点として、スタッフの抵抗感を和らげるため、丁寧な説明と研修を行い、「仕事が奪われる」ではなく「より高度な仕事にシフトできる」と伝え、小さな成功体験を積み重ねながら全社に展開していくことが重要です。
システム選定にあたっては、サクラス財務クラウドのように会計事務所の実務に特化したツールを検討することで、導入後の定着率を高めることができます。無料トライアル期間を活用して、実際の操作性を確認することをお勧めします。
まとめ:100件の壁は乗り越えられる

顧問先100件という「生き残りライン」は、決して乗り越えられない壁ではありません。重要なのは、従来型の労働集約モデルから脱却し、自動化と付加価値業務へのシフトを実現することです。
自動化は単なるコスト削減策ではありません。それは、会計事務所が新たな価値を提供し、成長するための戦略的手段です。スタッフは単純作業から解放され、専門性の高い業務に集中できるようになり、残業が減り、ワークライフバランスが向上します。給与水準を引き上げることで優秀な人材を確保でき、顧客に対してより高度な経営助言を提供できるようになり、顧問料の値上げが可能になって収益性が向上する——この好循環を生み出すことができれば、顧問先100件以下の事務所でも十分に生き残り、成長できます。
会計事務所業界の構造変化は、待ったなしの状況です。人手不足、人件費高騰、テクノロジーの進化——これらの波は、今後ますます加速していきます。「いつか取り組もう」では遅すぎます。
今この瞬間から、一歩を踏み出しましょう。現状の業務フローを可視化し、自動化可能な業務を洗い出し、段階的なシステム導入計画を立てる——この3つのアクションを今週中に始めてください。
会計事務所の未来は、あなたの決断と行動にかかっています。淘汰される側ではなく、生き残り、成長する側に立つために——今、動き出しましょう。
